私は、そんなわけで20世紀をやめました

20世紀のシッポを切り落とすために出来ることを考えます。 20世紀を辞めたら、もしかすると21世紀に就職出来るかもしれない。 いや、もう一度20世紀をやり直せばいいのさ。 もしも、20世紀をやり直せるとしたら、きっと面白いことに成るよ!

「天才」も努力すれば、きっと「凡人」に成れるよ!

この記事は私がメイン・ブログにしているトップページ - 「芸術の20世紀 喪失宣言」からの転載です。

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「凡人」も努力次第で「天才」に成れるのか?と聞かれれば、『成れません、無理です!』ということに成るんでしょうけど、じゃあ、「天才」は努力次第で「凡人」に成れるのか?ということだったらどうなんでしょうね?

『ハイ!もちろん成れますよ!』ということなんでしょうね、たぶん。


でも、待てよ。
やっぱり努力しないと成れないのか?
「天才」が「凡人」に成ればいいんだから、努力なんかしなくてもいいんじゃないの?


そうはいかないんですね。

「天才」は努力しなくても、”いろいろなことが出来てしまう”んですね。
それじゃあ、「凡人」には成れません。

だから、やっぱり努力しないと「凡人」にはなれないわけなのです。


同じことが同じようにできるにしても、「努力して出来る人」と「努力しないで出来る人」が居た場合、「努力しないでできる人」の方が「天才性」が高いというようなことですね。

だから、努力すれば、その分だけ「凡人」に近づくことが出来るというわけです。


何が言いたいかと言うと、過去に置いては、「凡人」と「天才」だったら、「天才」に成ることの方に、圧倒的に価値があったんでしょうが、現在においては、そうでもなくなってきているんじゃないか?ということなんですね。
と言うよりも、「天才」では足りなくなってきているということです。

つまり、過去に置いては「天才」で十分だったのに、現在に置いては、「天才」が不十分になって来ているんじゃないか?ということなんですね。

さて、そこで「不十分なもの」を「天才」と言えるのか?っていうことに成るわけです。
それで、私は「天才の時代は百年前に終わっている」と思うわけです。

実際には百年前に終わっていたことが、今になって見えてきたということですね。


それはともかく、何が不十分に成ったのかと言うと、単純に言って”飽きてきた”ということだと思います。


今は、まだ「天才」と言う言葉に、社会全体が依存してしまっていますから、”飽きている”ことが見えにくいということなんでしょうが、そもそも、「依存」と言うのは、そういうもので、実際には、もうウンザリしているのに止められないし、自分がそういうウンザリした状態に成っていることは、見えなくなっているということでしょう。


いま、本当に求められているのは、「凡人」がどこまでやるのか?って言うことなんじゃないかと思うわけです。


人間が「宇宙の存在」を知って、その広がりには際限がないことを意識するように成ってから、また、「時間と言う軸」の不思議には、人間は到底及ばないだろうということを考えるようになってからは、人間にとって、「高さ」や「速さ」などの、それまで「良い」とされてきたものは、競い合う意味のないものに成ったんじゃないかと思います。


つまり、それらの「不思議」に比べてしまうと、「人間の高さ」や「人間の速さ」はあまりにも小さくて『競い合うほどでもないんじゃないかな?』と思ったということじゃないでしょうか。


それで、そういう「一つの頂点」に向かう「天才」と言う存在にも意味が無くなってきて、それで”飽きてきてる”んだと思います。
「ドングリの背比べ」の「天才」だったら「天才」と呼ぶ意味がないですからね。


あと、もう一つには、『天才にも普通の人として生きる権利を与えましょう』ということがあるわけです。

「天才」であることで「早死に」しなければいけなくなりますし(実を言えば、長生きした天才は沢山いますし、早死にした凡人はもっと沢山いますけどね)、「普通じゃないこと」をやらないといけなくなりますから、ナニカにつけて、不都合なこともあろうかと思いますので、「基本的人権」の一つとして、「天才」にも「普通の人として生きる権利」が与えられるべきなんじゃないかと思うわけですね。


そんなことからも、『「天才」も努力すれば、きっと「凡人」に成れるよ!』と言いたいわけなのです。

そうすれば、もしかしたら、「超・凡人」にだってなれるかもね。
まぁ、「超」がついても、つかなくても、「凡人」は「凡人」なんですけどね。

「超越」しちゃったら、また、「天才」に戻っちゃいますからね。


まぁ、もう少ししたら「凡人の時代」に成ると思いますよ。
取り敢えず、もう、「神の時代」も「天才の時代」も終わってると思いますからね。