私は、そんなわけで20世紀をやめました

20世紀のシッポを切り落とすために出来ることを考えます。 20世紀を辞めたら、もしかすると21世紀に就職出来るかもしれない。 いや、もう一度20世紀をやり直せばいいのさ。 もしも、20世紀をやり直せるとしたら、きっと面白いことに成るよ!

「ダブル・ネーム」と言う考え方

この記事は私がメイン・ブログにしているトップページ - 「芸術の20世紀 喪失宣言」からの転載です。 

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『うつくしくは ないが かいぶつでは ない』または『たいようの はな』

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※次の【「詩のような題」=「ポエティック・タイトル」】と言う記事でも説明しています。

 

私は、「詩のような題」=「ポエティック・タイトル」と呼んでいる「長い題」を、自分の絵に付けているんですが、その「詩のような題」=「ポエティック・タイトル」は、「一つの題」に対して「一つの絵」という一対一の対応関係ではなく、一つの絵に対して複数のタイトルがあってもいいんじゃないか?という発想でやっています。

また、絵を見た人が、自分でタイトルを付けてもいいし、私が作っている他のタイトルを合わせても自由だという入れ替え可能なタイトルというような方向で考えています。

まだ、はっきりと方針が固まってはいませんが、とりあえずは、一枚の絵に三つ以上のタイトルはなるべくつけないようにしようと思っていますので、「ダブル・ネーム」と呼んでいます。

それから、これは、どちらかというと手前勝手な都合なんですが、どうやら、「絵」よりも「タイトル」の方が多く出来てしまうようなので(単純に言えば、絵を描くのが遅いからなんですが、文章にはこだわりがないということもあると思います)、必然的に「二枚以上の絵」に対して一つのタイトルというのは避けてます。


あぁ、それから、これも、けっこう頻繁にやってしまっているんですが、ちょくちょくタイトルを入れ替えることがあります。

必ずしも、その絵に合わせてタイトルを創るというわけではなく、まったく別のモノとして創っている場合が多いので、ぴったりくるタイトルを模索しているうちに、どうしてもチェンジしたくなることがあります。
ただ、ご理解いただきたいと思うのは、『わかりにくくするためにやっているわけではない』ということです。
出来るだけわかりやすくしていくつもりですが、どうしても、わかりにくい部分が出てきてしまうかも知れません。

一応、今のところ3パターンあって、絵に対してタイトルを考えて創るというパターンと、絵とタイトルを別物として創るパターンと、最後に、タイトルに合わせた絵を描くというパターンなんですが、今のところ、一番多いのが、別々に創るパターンです。

タイトルを入れ替えてしまうと、「題」としての意味がなく成ってしまうわけですが、「有名画家の有名作品」においては、それは確かに困ることかもしれませんが、私のようなまったく誰も知らない作者が描いた誰も知らない絵の「題」が解りやすくてもわかりにくくてもハッキリ言って、誰も困らないと思ますので、まぁ、その辺は、大目に見てくださいまし。

まぁ、要するに、これを「面白いね」と思っていただける方が、お一人でも居らして下されば、うれしいですと言うようなことでございます。


以上、そんな感じで、「ダブル・ネーム」ということをやっていきますので、非常にややっこしく成りますし(自分でも何が何だかわからなく成る時があります)、イライラするでしょうが、もし、少しでも興味を持っていただける方がいらっしゃれば、私といたしましてはとっても嬉しいです。


なお、ご意見・ご批判などもありましたら、どうぞご遠慮なく仰ってくださいませ。


どうぞ、よろしく。